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130821

研究交流会の用意。
研究論文を読む。

ものの値段、最低のものに対してちょっとお金をたすと良いものが手に入る。
もう少し出すと更に良いものが手に入る。
勿論単純な比例関係にあるわけではない。

しかし、ある程度のレベルになるとかなりの額を足しても僅かに良くなるだけで、
見分けの付かない人もでてくる。
良いものとは質の高いものと言っても良い。
そして限界の質に対してはとてつもない値段になる。
云ってみれば、ものの質には漸近線があり、金額には限度がない。
ところが、これを労働と収入の関係に当てはめると話がおかしくなる。
ちょっと努力すると収入が増える、
さらに努力するとさらに収入も増える。
しかしある程度を超すと、増えることは増えるが大変な努力や工夫が要ることになる。
ならば文句は言わないが、
前の場合と同様お金の軸が無制限に伸びる。

確かに、労働と収入は関係ないという人も多くなってきている気がするが。
見方を変えて、人の質と収入と考えてみてもよい。
質に差が無くても収入の差は無制限になる。
確かに何をもって高質と云うかが第一分からない。

同じお金であるが、
物の値段の方は上に書いた関係でよいと思うが、
収入に関してはどうも納得ができない。
ここでの収入とは最終的な実入りのことだと考えてほしい。
誰しも収入のための努力や、工夫をする。
それをするだけ収入は増える方が良い。努力や才能が報われる。
しかし、ちょっと工夫したり、努力しても収入が増えるとは限らず、
多くの場合報われない。

しかし、一度増え限界を超えるとどんどん増えていく。
増え出すと無制限である。
勿論、それだけリスクも大きくなるのであるから当然だとの考えもある。
分かるのだが、やはり、収入額にも漸近線があって、それが超えられないのがよいと思う。
それを操作するのがこれからの時代の税金のあり方なのではないか。
そして基本的な考え方の国際的な取り決めが必要になる。
努力や才能が報われるが、それが無制限だと思われているのがおかしい。
一方、幾ら努力しても報われないのであれば、旧ソ連の様にやる気を無くす。
しかし、この漸近線の値は何で決まるか。
具体的な計算は分からないが、地球上の人々の最低の生活が保障できて、
地球環境が維持できることを説明できることから決まるのではないか。
さらに加えれば、最低の生活を生活保護に求めるのは間違いである。
生活保護という考えは、
保護をする人と保護される人を分ける一種の差別だと考えられるるし、
保護されているということ自体、最低の生活以下だと考えられるから。
地球環境というけれど、
トータルに地球全体で環境が保たれるとすることも大切だが、
各地域ごとに成り立つことも大切である。

などなど続く......。

ゲリラ豪雨。この水量。天まで持ち上げて落としてくるんだから自然の力はすごい。
この水の動きさえ自然エネルギーとして使えない人間のバカさ。
やはり、原子力とか、バイオとか、DNAなどはいじる資格がないと思うのだが。   
130821SW9.jpg 130821SW7.jpg 130821SW8.jpg

豪雨が上がった後細い道を歩く。
行き止まりかと思うが抜けられる。
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そして細い道の交わるところに、
緑に埋もれた風雅な家があった。
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