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180214

今日も良い天気だ
気温は相変わらず低い

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終了後タイ料理

青いレモン 番外編 045 研究室とヨット 
清家先生がお酒は飲まないので、研究室で飲むことはなかった。先生は5時頃になるとなんとなく雑談混じりに様々な情報を流して、冗談を言い帰宅される。我々院生は、夕方になると自由が丘や、等々力渓谷沿いの一寸洒落た店にお茶を飲みに云った。研究室の若いメンバーで建築を見に行ったり、横浜へ遊びに行ったりした。数人が車をもっていたことや、当時、学内の駐車もそれほどうるさくなかったことなどがそういう日常を可能にしていたと思う。しかし先生が飲まないためかアルコールには殆ど縁がなかった。
4年生に成り研究室の所属が決まり少し暖かくなった頃、先輩に連れられて、三浦半島に行った。初瀬という小さな入り江のそばのお寺に研究室の船が預けてあるという。A級ディンギーとシーガル、あと一艘は和船である。ヨットには先生の趣味でαとかΩとかΔとかギリシャ語の名前が付いていたが、どっちがどっちだったか覚えていない。当時の船は木製で、今の様にFRPではなかった。FRPの船もあったがポリバス、ポリバスと云って馬鹿にしている時代だった。木製の船はメンテナンスが大変である。季節始めに船の整備をした。日曜日になると横浜の桜木町で、中村船具に寄って部品やマリンペイント、刷毛などを買って初瀬に向かう。古いペンキをそぎ落とし、隙間をパテで埋め、ペーパーを掛けてペンキを塗る。これが結構時間が掛かる。金具類を見直し、必要なシート類を並べて干す。夏まで毎週の様に通って船の整備をした。
何故か我々の代には、斉藤くんと辻くんというヨット部の人間がいた。また、研究室で仕事をしている先輩の角永さんもヨット部の出身である。だんだん季節もよくなり、研究室の夏の合宿が始まった。確か、A級ディンギー1艘ともう一艘を葉山にある学習院の女子のヨット部から借りてくる。村口先輩の奥様が、この部の出身で口をきいてもらえたらしい。整備した船に乗れるぞと勇んで出かけたのだが、船に乗るのは先輩達、夕暮れ近く成って、少しだけ乗せてもらえた。と云っても当初は操縦できるわけでないから、操縦を教わることになる。
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