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110528

第1期生が卒業して30年経ったお祝いの会が東京フォーラムのロイヤルカフェテリアでのありました。教えた方も、教わった方も変わりました。月日、時間というものは面白いですね。いろいろなことが解き明かされていますが、不可思議な時間について、納得のいく説明をしているものにお目に掛かったことがありません。
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110527

鷺宮で
道路を挟んだ南側に高層の公営住宅の建設が進んでいる。新緑のなか鷺宮住宅は健在だった。
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左:八幡様に向かう緑の多い道に面して門が開いている。その門の袖壁の石積みに苔がむしている。右:八幡様のすぐ東側に立派な寺がある。其の寺の塀。この寺には鐘があって、大晦日に鐘をつく。うちにいて聞こえたが、最近は耳が悪くなったのか周りがうるさくなったのか聞こえない。やはりテレビで聞くのと違って趣がある。
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欅の幹の肌がしっかりと鎧のように見える。同じ欅でも幹の肌は様々である。柔らかい感じのものや、ひからびて表皮が剥がれ掛かっているものなどある。種類が微妙に違うのか、養分の違いか、気候・風土によって変わるのか,単に年のせいか分からない。
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緑の多い「かしの木公園」のすぐ脇に道路にはみ出て欅の大木が立っている。「かしの木公園」のかしの木も少し道路にはみ出て立っている。このあたりは畑と農家しかなかったところだから道路が狭かったに違いない。気の利いた役人か、強い地主のお陰で木が残ったのだと思う。道路は4メートルなければいけないなどと拘らなかったところが素晴らしい。この欅、昔から道路にはみ出ていたが、昔は塀も今のような塀でなく違和感がなかったような記憶がある。根元に車が当たったのか傷があるが、でもまだ元気で頑張っている。少なくとも私より大分長生きしているはずである。これからも頑張って欲しい。
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110525

今朝の新聞に、「野生動物も被曝量調査」のみだしがあった。野生動物も被曝すれば人間同様に様々な障害が生じる。動物愛護の気持ちからの調査かと思ったら、どうもそうではないらしい。野生動物を生きたリトマス試験紙代わりに使おうという話らしい。何時もの通りの人間中心の話である。種という目で見れば人間は自分たちのやったことで被害を受けるわけであるからやむを得ないが、野生動物には全く責任がないそれを思うと人間の厚かましさが鼻につく。

110524

日本建築仕上学会の総会
同学会賞の表彰式
懇親会が開かれた。

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Facebookのお陰で、沢山の方から誕生日を祝って頂いた。有り難う御座います。

110523

被災地の公共図書館に拙著「平成日本らしさ宣言」を送ることにして、
蕨市にある日本図書館協会に発送サービスに依頼した。
図書館は結構沢山ある。勿論、現在機能している図書館だけ探して貰った。
協会に車で本を届ける。
この協会のある通りが旧中山道で、街並みが保存されている。
素通りしただけであるがなかなか綺麗に整備されているようだ。
また近々行って見ようと思う。美味しそうなお蕎麦やさんも見つけた。
その後、研究会に出席のため栃木市に。
研究会に先立って、川上先生から地震の被害状況の報告。
コンクリートブロック構造に限定した密度の高い話。
研究会のあと懇親会。
今日も荷物のお陰で車。アルコールぬきの懇親会に出席。

110522

大谷石研究会の総会
会場は松が峰教会の直ぐ北側の大谷石蔵のレストラン「おしゃしゃらく」の2階。
総会のあと。
和田昇三先生の東日本大災害のお話し。
歴史を遡って説明があった。地中で杭が折れる話が印象的であった。
荷物があり車で行ったので、懇親会はアルコールなし。

110517

チェルノブイリでも、福島でも、漏れた放射性物質が大気中に広がりたまたま雨が降ると雨滴とともに地上に降り注ぎそこの汚染がひどくなっている。大気中の放射性物質のうち半減期の短いものは良いとしてもそれ以外の放射性物質はやがて北極の上空まで流れてゆき、それからどうなるのでしょう。そして海洋汚染は?

110516

メルトダウンについて
福島第1原発の1号機がメルトダウンしていたというのは、今までの検証がお粗末だったのか、マスコミが統制されていたのか、何れにしろまた日本の評価を下げた。原子爆弾はウラン235が90%以上だが、原子炉では、3~5%程度なので爆発的な連鎖反応は起こらないという。しかし、ゆっくりであっても膨大な熱を出す。冷却仕切れないとメルトダウンする。さらにメルトダウンしたものを満足に冷やせなくなっている。ホウ酸水を注入して核反応が連鎖的に起こる臨界を防いでいる。「臨界のおそれは高くない」というが今までの経過から単純には信じられない。核反応が連鎖的に起きたら,また放射性物質が拡散されるのかと、当たり前のことであるが大変気になる。国民の余計な不安をかき立てるのは良くないが、もう少し国民を信じて物をいうべきだと思う。国民を馬鹿もの扱いにするのもいい加減にして欲しい。もっとも、我々もあなた方のことをそう信じていない。益々信じられなくなっているが。(朝日新聞110516(夕)を読んで)

こちらはチェルノブイリのAERAの’11.5.23の記事についてであるが、
「すでに、放射性物質に汚染された地域は、チェルノブイリ原発事故の強制移住対象レベルだけで、、約800平方キロ(東京都の面積の約4割)になる。」とあるが、チェルノブイリ原発事故で,被害が重大であった地域だけで日本の面積の4割に及んでいたはずである。この記事がチェルノブイリを引き合いに出して何を言いたいのか、ソ連の対処が甘かったことをいいたいのか良く分からない。

110515

この時期毎年一杯花をつけてくれる君子蘭。

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110514

原発の事故について、マスコミの取り扱いについて書きました。次の行をクリックしてみて下さい。
そもそも原発をつくる時の説明ブログ版
こういうことをはっきりさせないところが日本の悪いところだと思います。

ステンレスの防護柵のあるホームにステンレスカーが入ってくる.塗装のし直しや、清掃のことを考えて、ステンレスカーが多くなってきた。柵の右側をステンレスの衣を着たロボットでも歩かしてみたいが、ロボットには防護柵は要らないかも知れない。金属の冷たさも現代的で良いのだが、デザインが良くないとただの冷たさになってしまう。この車両はがらがらであったが動けないほど人間が詰まっている時のことを考えると余り現代的な美しさという気分にならない。

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110511

夜まで何人かで、今回の東日本大災害に対しての声明文をつくっていた。
そんな中で,少し疲れてきたのか一瞬幻想が頭をかすめた。
巨人が都市のそこら中の超高層ビルの上半分を切り取って被災地に植え付けていた。
なんでそんな幻想が浮かんだかと言えば、
今回の被災地の復興に対して、被災地だけを対象に幾ら考えても駄目だろうなと思っていたからだと思う。
それではちっとも反省にならないだろうし、世界も変わらない。
被災地の復興とともに都市や,近代科学、経済発展の恩恵に与っているところも変わければ世の中よくならないと思う。
尤もそんな超高層の一部を持ってこられても,えらい迷惑だというだろう。例えそれがそのまま機能して、とりあえずの仮設住宅になって、暫く経ったら持ち帰ってくれるなら別かも知れないが。
あくまでもこれは幻想的なイメージであり具体的な形そのものではない。
自分たちの快適さや便利さ繁栄を犠牲にしようとしない復興への提案はどこかに誤魔化しがあるように見えてしまう。

110510

お茶の水の湯島聖堂の近くで打ち合わせがあった。塀越しにのびのびと枝を伸ばす新緑を見たら我が家の木が羨ましがるだろうなと思って眺めていた。

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まちはな ねっこわーく! の打ち合わせだったが、
「まちにはなを咲かせたりまちをはなにする 地中に潜む ネットワーク」かな?

ねっこわーく.....という言葉を考えていたら、竹の根っ子を思い出した。
以前このブログにも書いたが竹の根っ子というのは凄まじい力を持っている。
まさに網の目のようにネットワークを地中につくる。そして何所までも伸びていく。
根っ子自体は細いのだが、そこから天に向かって生えてくる竹はその細さからは想像できない。

などなどいろいろあったのですが、名称というのは難しいもので、自然食品の会社とか建築関係の会社に既に使っているところがあるようなので、

「まちはな ねっとわーく!」  になりました。

110508

世田谷美術館の帰りにキノコを発見。正確にはカメラを向けている人を見つけた。
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他の所にはキノコが余り見あたらないところを見ると此処だけがキノコが好きな環境みたいである。左のキノコが開くと中央になる。左の写真の一番左にそれらしい姿が写っている。右のキノコはこんなケーキがあったなと思わせる。でも味は随分違うだろうし、食べられるとは限らない。でも旨そうに見える。


110506

栃木県の大田原と馬頭に行く。大田原の近辺では、大谷石の塀が各所で倒れ、瓦屋根の棟が落ちビニールシートが掛けられていた。隣接する建物に被害があったにもかかわらず、古くて高い大谷石の塀が健在の姿もあり、地震の影響の複雑さを感じさせられた。瓦屋根の棟の被災数の割合は、宮城の北部や岩手の南部よりも多いという印象を受けた。
大田原では道路拡張が計画されている様である。鹿沼の街でも拡張のために歴史ある建物が壊させ続けてきたが、自動車社会に疑問が投げかけられている今となっては再検討が必要であろう。まちづくりなどに関しては一度決めたから何が何でもやるなどという考えは次第に通用しなくなるべきだと思う。
昔の街並みが比較的良く残っている道路の拡張は、建物の曳き家と補修を行政が持ってまでやるかどうかなど、いままでは考えも及ばなかった新しい視点からの検討がなされるべきで、文化を大切にするためのそれなりの工夫をする必要である。

110504

卒業生が巣立ってから10年を節目に展示会「人と家とまちのいい関係」を開いた。会場は主催者の一人が生まれ育った日野のまち。10年間デザインポリシーを守り地道に設計活動と続けてきた成果が顕れている。また、そのしっかりした考え方の背景になる活動の広がりも見せてくれている。気持ちの良い展示会である。
110504hino-1.jpg 展示会の案内状 (5月6日まで、駅から3分)

展示会の会場は旧甲州街道沿いの築120年お店蔵を改修した歴史的な建物。「ギャラリー&カフェ大屋」美味しい紅茶・コーヒーが飲める。展示会を見てから日野の街の説明を聞いて街の中を歩いてみたくなり案内図を貰い散策。この他にも蚕糸試験場の関連施設である桑の家などが残っているらしいが少し遠いということでこちらは次の機会に見ることにした。
110504hino-2.jpg日野のまちの散策図

歩き出して何歩も行かないうちに何気ない建物。しかし、そこの味にもある装飾が。
110504hino-4.jpg 110504hino-5.jpg 洗い出しの腰壁

大谷石の蔵があったり、門のある民家が残っている。大谷石の店蔵は都歴史的建造物指定「渡邉家」
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しかし、なんと言っても日野の目玉は日野宿本陣である。
110504hino-7.jpg 本陣

この他にも、土淵山普門寺、近藤勇縁の梅、新撰組資料館、佐藤彦五郎墓所大昌寺、井上源三郎墓所宝泉禅寺、欅の巨木のある八坂神社などがある。日野のまちがこの様に楽しいまちとは知らなかった。用水が残りまだまだ綺麗な水が流れ、あちらこちらに蔵が散在している。そういえば日野の駅も民家風のひと味違う駅である。

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仮設住宅建設に墨俣城作戦!
避難所の脇で仮設住宅が建設され、一部仕上げ工事に掛かっていたが作業している人数はそれほど多くなかった。
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箱をつくるまでは速いが,その後が手間取る。これではまだ当分時間が掛かるだろう。墨俣城はないのか?地元の人達、近所の人達、ボランティアの人達の参加?人海戦術は?工夫すれば何とかなりそうな気がするが。

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気仙沼にて。船には余り損傷が見られない。海に戻すことができれば良いのだが。船主、船員の安否も心配になる。Bangladesh の Chittagong で解体される巨大な船の像が脳裏をかすめた(National Geographic, March 2011, Age of Man).

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雇用促進住宅が海岸に平行に2棟建っている。両者とも5階建て建物で、4階まで津波におそわれているが、海に近い方は4階までバルコニーの手摺りがなくなっている。一方裏側ではバルコニーの手摺りは流されていない。最上階の手摺りが同じものであることから,手摺りのパネルは同じものが付いていたと推測できる。裏側の方は表側の建物によって波の力を多少緩和して貰った様だ。

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津波が運んできた水分の多い土が乾燥してひび割れができていた。まるで中近東の都市の様だ。この様な余りにもはっきりしたひび割れは石巻でしか見なかった。此処に打ち上げられた土のせいか。

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女川町立病院の高台から櫓のある建物が見える。櫓の上の風力計は、くるくる回っていた(右の写真)。多分櫓の屋上までは波の力は及ばなかったのだと思う。町立病院のある丘の上と同じ高さか或いはちょっと低く見える。丘の上には津波の被害が散見できるところを見ると、この櫓はそれほど抵抗とならずに波を湧き上げずに済んだのではないのだろうか。現地を見たところ津波は斜面と平行に近い角度で駆け上り端部で力があれば盛り上がって猛威をふるう様である。

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最も津波が高く押し寄せた女川の町立病院の対岸の山裾の木の枝にマスコットが1つ街を見てぶら下がっていた。

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何も残されていない若林地区。舟が内陸部まで、流されてきているかと思えば、独立木造住宅が所々に忘れられた様に残っていたりする。この平らな陸地の上を如何に津波が走ったか見当が付かない。彼方遠くの小高くなったところで重機が何台も作業をしている。そこへ廃材を積んだダンプが何台も向かっていく。廃材の処理を行っているらしい。

気仙沼-陸前高田-大船渡-松島-石巻-女川-雄勝-北上川-仙台若林地区
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konishikonishi

Author:konishikonishi
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